元々開拓のため、人類の橋頭保として成立したクマモト。
うだつのあがらない次男三男、もしくは古い街で若く燻っている才能
あるいはしがらみから逃げ出してきたはみ出し者。
それらをかき集めて、開拓作業に従事させるための、鼻先の人参として
ランクCになると市民権が与えられる事になった。
それは市民が増えるにつれて、鞭としても使うようになった。
底辺を指差して、
【がんばって市民権を維持しないと、ああいう惨めな存在になってしまうぞ】
と躾ける事によって、元々何もかもバラバラの移民を統率して真面目に働かせようとした。
下には下を見せて上への不満を逸らすために。
それは、そこそこ有効に機能した。
都市は順調に育っていった。
しかし、有効に機能したからこそ、【惨めな存在】に
手を差し伸べるわけにはいかないという。
救済してしまったら、【何故真面目に働いている自分が苦労して、
あんな奴らがただで金を貰えるんだ】という悪感情が
【市民の世論】になって、その矛先は上に向かってしまう。
政庁の過去の予算案を紐解けば、非市民……低ランク冒険者は
書類上一切存在せず、予算の割り当てもない。
本来、市民と底辺を隔てる壁とは、ただ教育と後ろ盾の差に過ぎない。
【ああいう惨めな存在】であるのは、ただ環境と状況のせいであって、
きちんと教育を施せば能力は同じ人間である──例外はあるものの。
生まれたときから純粋な市民は、あまりの生活環境と社会的信用の差に、
そして教育の欠如がもたらす人品や能力の差に、その認識を失ってしまう者が多くなった。
E・Dクラスに紹介される集合住宅は、七輪竃に風呂無し共同便所。
Cクラスから上に斡旋されるアパート、つまり一般市民に提供される程度の居住環境には、
冷蔵庫やコンロ、空調に水洗トイレ[1]まで完備されている。
ある程度は意図的であるからこそ、そりゃあ身分差と勘違いもする。
そうして都市が拡張していき、マンパワーが大量に必要になり、
これまで余裕がなくて手が届かなかった人たちにも教育を施して
使っていかなければならなくなった時。
世論を占める二世三世市民は既にこう思っている。
『あんな惨めで低脳な薄汚い下民のために、なんで俺様の手を煩わされねばならない』
こんな自縄自縛に陥ってしまっている。
一般市民はともかく、上層部も底辺だの最底辺だのを字面のまま捉えていたとしたら
……あんまり未来は明るくなさそうである。
***
──さて、『何故開拓が進まない』のか?
『モンスターが減らないから』
では『何故減らない』のか?
その理由は不明である。
軍隊は生物災害も倒せる。
なのに何故モンスターは冒険者任せなのか?
平民に鉄パイプを持たせて任せきりにするのではなく、
エリート兵士や最新兵器を投入して一気に減らすことは出来ないのか?
軍のような大食らいの組織が動くには、金が必要である。
しかし、本当に国策で南方を確保する事が至上命題であるのなら、
軍でも何でも使って土地を囲って開拓民を守り続けるのが一番手っ取り早いはず。
膨れ上がった貧民の冒険者という雇用を維持する為、であるとしても、
あまりにも標榜目標に対して無策の状態が続いている。
例えば集落があばれうしどりの群れに全滅させられたとしても。
まだ残骸や遺体が野晒しのままだったとしても。
開拓の最前線である都市が、周辺の開拓村があばれうしどり程度に
踏み潰されても、まるで何もしない。
そもそも基幹事業であるはずの開拓に関して、護衛の派遣すらされない。
さて、人同士の戦争があるわけでもなし。軍隊は普段どこで何をやっているのか?
来るべき時の為に力を溜めているのだろうか。
***
発足当時のクマモト政府の予算案に400年前の日付で、【五ヶ年計画】【続十ヶ年計画】とある。
予定としては、5年、10年でクマモト周辺の開拓はあらかた終わるはずだった。
それが当時の状況に即して妥当であったのか、
それとも政治的妥協の産物で無謀な計画であったのか、
はたまた何か別の目的の為の表看板に過ぎなかったのか……
つまり、黎明期においてこのクマモトは、まさに開拓地だった。
石灰資源豊富な火山と遠浅の海の狭間の未開地、他所からかき集めたはみだし者を
市民権というエサで釣って"消費"しながら、山を崩し、森を開き、土を引っかいて
怪物を討伐していく……。
その為に、飯炊き女、鍛冶職人、輜重商人……そういった連中を集めた前線基地。
世帯を維持し、世代を重ねる事の出来る街ではなかった。
開拓の見通しも立たないまま、行きずりの子供が雲霞のごとく湧き出すと同時に
最初から市民権を持った二世市民が跋扈する、なんて状況は、最初から想定外だった。
5年から10年で周辺の開拓を終え、市民権を得た人々が農地や地場産業を整えながら、
前線基地はさらに北方へと移されていく……はずだった。
でも、開拓は進まなかった。
肝心の南方が、無尽蔵に湧き出すモンスターに阻まれて碌に進まず、
しかし東や西にはそこそこ順調に広がっていくため。
基地の機能が分離されないまま、都市へと変貌せざるを得なくなっていく。
生まれた子供は生まれたときから市民であり、苦労して市民権を得た父母は
乳母日傘で育て、何の疑問もなく権利を享受し始める。
一方で市民権を得られなかったり、"消費"されてしまった父母の子供も、
泥を啜りながら生き延びていく。
慌てて孤児院やらを増やしたり、娼婦の立場を引き上げて避妊薬を広めたり、
人身売買を厳しく取り締まったりしても、
元々の街機能が、子供を育てる事に全く向いていない。
初等教育も受けられなかった子供は雀の涙の食い扶持のために命を散らし、
またはただ安易に安楽を求めて乞食に堕ちる。
権利に守られて暮らす市民は、自分はああいう底辺とは違うのだと
徐々に特権意識を持ち始め、何とかしようと打ち出される場当たり的な政策は、
上も下も乞食をのさばらせるばかり。
開拓民一世が死に絶えるほどの時が流れても、どこの馬の骨だかわからない子供に
市民権という鞭を振るって武器を持たせ、万に一使い物になれば適当におだてあげ、
死んでいく他の万人は自己責任と使い捨て続ける。
市民だって、底辺を見下しはしながら、一歩踏み外すだけで簡単に自分も
そこへ転落する事は理解していて、下を踏みつけてでも自分の権利を守ろうとする。
上層部は裾野を広げないとまずいと理解していても、自分が与えた権利と税収、
はたまたさらに上からの思惑だったりを無視出来ずに自縄自縛……。
開拓の最前線でありながら、開拓村がモンスターに潰されるのを
無関心に眺めている市民の生活維持が優先される、
基地を犠牲に都市が成り立つ……現在の冒険者の街のいっちょあがり、である。
***
なにが悪かったのか?
否。悪いわけではなく、人類皆平等というお題目は夢物語であり。
うまく回っているといえばうまく回ってるとも言うことができる。
娼婦の人権保障や人身売買の取り締まりのおかげか、税金投入のおかげか、
底辺の生活も、公平とは言い辛いものの奴隷というほどではない。
開拓が進まない事については、本質もわからないまま予定を立てて、
『そうじゃなかった場合』を想定しなさ過ぎた、事が一番の原因と言える。
『モンスターはなぜ湧き出すのか』という肝心要の部分がわからないのに、
今までは何も考えず駆除し続けて、人が住み始めれば徐々に消えていったんだから
今回もそうだろう、と考えたままでいる。当時の経験則では妥当だったとしても。
その目論見が外れて想定外にモンスターが湧き出し続けているのに、
損を切り替えて、軍による一気呵成の土地の確保であるとか、
もしくは地道な原因の究明や研究、人材の育成や都市機能の見直し
―――リソースの方向を変えられなかった。あるいは、変えなかった。
素人でもわかるような手を打っていないという事は、
上の方では【モンスター素材資源が湧き続け】て、
【その辺から生えてくる下民賤民】を使って
【低コストで確保し続けられる】事を、むしろ歓迎してるかもしれない。
果たして本当に開拓を進める気があるのかどうか?も含め。
為政者は沈黙を守り続けている。
あるいはクマモトの上ではなく、もっと上の意向かもしれない。